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Maker慈覚大師円仁
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Date9世紀頃–
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Medium光、水、土、石、木
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Location青森県五所川原市金木町川倉七夕野426-1
五所川原の賽の河原地蔵尊はイタコで有名な民間信仰の霊場だ。イタコは霊魂と身体、つまり精神的な同一性と物理的な同一性の結びつきが絶対的なものではないことを示している。
1959年、心理学者のミルトン・ロカーチは自分がキリストだと信じている3人の精神病患者を集めて一緒に生活させる試みをはじめた。同じ人物が複数いるという状況に直面した患者のひとりは、他の二人はすでに死んでいて彼らの中の機械がしゃべっていると主張した。しかし、機械に魂が宿らないとすれば、脳という物質に魂が宿るのはなぜだろうか。
賽の河原地蔵尊の参道には、たくさんの地蔵を形どった石像、天然石、鉱物の結晶が魂を持ったものとしてまつられている。そこには、魂(たま)と石の玉(たま)が未分化なアニミズム的な世界が広がっている。魂(たま)が頭(あたま)の中にのみ宿っているという近代的な考えは、かならずしも客観的なものでも、科学的なものでもない。
参道の突き当たりにある藤枝ため池は、肉体の世界と霊魂の世界を境界について思いを巡らせるために最適な場所だ。そこには鮮やかな赤と青の橋がかかっている。この彩色は補色のしくみによって、緑の水に映る橋の幻をはっきりと際立たせる効果を持っている。私たちは主観的にはっきりと水面の上に橋を見ている。しかし客観的にはそこに橋は存在しない。橋の映像は視点とともに移動し、視点の数だけ無数に存在している。